『18歳からはじめる知的財産法』
はしがき
本書は、法律学を専門に学んだことのない学生の皆さんでも知的財産法の概略をつかんでもらえるようになることを願って編んだものです。
技術者(エンジニア)として働こうとする人たちにとって、知的財産法に関する知識は必要不可欠なものでしょう。ところが理工系の単科大学では、そもそも法学の講義が設けられていないか、あったとしても1コマか2コマがせいぜいです。これが法学を専門とする分野の学生を相手とする講義なら、知財法は応用科目として高学年に配置されているはずなので、受講生には基礎知識が備わっているという前提で「無体財産権を扱う特許法は、民法の特別法に位置づけられるものです」と唱えても通じるでしょう。それが、初学者は「特別法」とか言われてもサッパリなので、いきなり最初でつまずいてしまいます。
法律学に関する基礎知識を有しているのかどうかによって、知財の学習方法は変わってくるものと思います。そこで本書は、「法律学の勉強をするのはこれが最初」かつ「この学校で法律の勉強ができるのは唯一この科目だけ」というカリキュラムの中でも、この教科書を使って学べば知的財産法の全体像を理解できるようになることを目指しました。
そのため本書はかなり欲張りなことをしています。特許法や著作権法はもちろん、意匠法も商標法も不正競争防止法も、さらには専門分野に特化した話題までも貪欲に取り込んで一冊に詰め合わせました。
それでいながら、踏み込みすぎて難解になってしまわないように気をつけてもいます。ビデオゲームやVRの開発に関わったことがある方なら、映像を滑らかに動かすのに微分積分や線形代数の知識が役立つことはお分かりでしょう。だからといって、プログラマーを夢見る小中学生にも微積の教育を――というのは無茶です。本書は、知財の小学校となることを目指しました。実務でぶつかる難易度の高い論点については専門書を読んでもらうことにして、本書では法律的な考え方の基礎を身につけてもらうことに注力しました。
知財の入門書には「特許の取り方」を手続に至るまで詳しく手ほどきするものがありますし、著作権については新書という形で優れた読み物が多数あります。個別のテーマを掘り下げて学びたいという方のご要望は、そういった書籍にお任せしようと割り切りました。本書は、初学者向けの教科書であることに徹し、知財に関する法律を幅広く網羅することに努めています。
本書の執筆に際しては、大学のみならず高専や専門学校での知財教育、あるいは技術経営(MOT; Management of Technology)を専攻する大学院での知財教育や大学自体の知財戦略にかかわってきた編者らの経験をふんだんに盛り込みました。本書は、第15章までが基礎編、第16章から先は応用編と位置づけています。指向性のあるテーマを応用編に収載することで、建築、デザイン、ソフトウェア、バイオなど様々な領域で学ぶ皆さんにも楽しんでもらえるよう工夫しました。
書誌情報
『18歳からはじめる知的財産法』
- 2021年7月15日 初版第1刷発行
- 2023年1月15日 初版第2刷発行
- 2023年6月20日 初版第3刷発行
法律文化社より刊行。定価2530円(税込)。
- https://www.hou-bun.com/cgi-bin/search/detail.cgi?c=ISBN978-4-589-04164-7
- https://www.amazon.co.jp/dp/4589041642/
- 版元ドットコム
著者紹介(五十音順,★は編者)
- 大石 玄(おおいし・げん)★
- 富山県立大学 教養教育センター 教授
- 佐藤 豊(さとう・ゆたか)★
- 山形大学 学術研究院 准教授
- 津幡 笑(つばた・えみ)
- 札幌大谷大学 社会学部 講師
- 平澤 卓人(ひらさわ・たくと)
- 福岡大学 法学部 講師
- 眞島 宏明(まじま・ひろあき)
- 大阪経済大学 経営学部 教授
- 弁理士(古谷国際特許事務所)
もくじ
第1章: 知的財産法って何? / 佐藤豊
- 知的財産法とは
- 日常にあふれる知的財産
- 知的財産権の特徴
- コラム:顔真卿自書建中告身帖事件
- コラム:知的財産法の国際的側面
- コラム:不正競争防止法の役割
第2章: どんなものが著作物になるの? / 大石玄
- 著作権法における著作物の定義
- 思想または感情の創作的表現
- 文芸・学術・美術または音楽の範囲に属するものであること
- 著作物の例示について
- コラム:著作物の保護範囲をめぐる議論――応用美術,フォントフェイス
- コラム:プログラムの著作物
第3章: 著作者になるのは誰? / 大石玄
- 著作者をめぐる争い
- 著作者が複数となる場合
- 二次的著作物の著作者
- コラム:映画の著作物――『宇宙戦艦ヤマト』『超時空要塞マクロス』事件
- コラム:マンガの著作者――『キャンディ・キャンディ』事件
第4章: 著作者にはどんな権利があるの? / 大石玄
- 著作権の内容
- もうけを確保するための権利:著作財産権
- こだわりを守る権利:著作者人格権
- 保護期間
- 著作財産権や著作者人格権の侵害になるとどうなるのか
- コラム:ゲームソフトと同一性保持権――『ときめきメモリアル』『三國志?』事件
- コラム:画像のトリミングと同一性保持権
- コラム:死後の著作者人格権の保護
第5章: 著作隣接権って何? / 大石玄
- 著作隣接権の意義
- 著作隣接権の種類
- コラム:カラオケ動画のアップロード
- コラム:ワンチャンス主義の実際
第6章: こんな使い方をしても大丈夫?――著作権の制限 / 大石玄
- 制限規定の役割
- 制限規定の種類
- コラム:リーチサイト(Leech site)
第7章: 発明に成功したら,どんないいことがあるの?――特許制度の概要 / 佐藤豊
- 特許制度とは?
- 特許権とは?
- 方式主義
- 特許を受ける権利
- 特許権が発生するまでの流れ
- 特許権の存続期間
- コラム:特許ライセンス
- コラム:医薬特許の存続期間
第8章: どんなものが特許権として認められるの?――特許要件 / 佐藤豊
- 特許権が認められるための条件(特許要件)
- 新規性喪失の例外
- コラム:ビジネスモデル特許
- コラム:完成していない発明の特許出願
第9章: 新製品を売り出して大丈夫?――特許権侵害の要件と防御 / 佐藤豊
- 特許権侵害の要件
- 特許権侵害との主張に対する防御
- コラム:並行輸入と特許権
- コラム:特許請求の範囲と少しでも違うと侵害にならないの?(均等侵害)
第10章: 営業秘密ってどこまで保護されるの?――不正競争防止法2条1項4〜10号 / 平澤卓人
- どうして営業秘密を保護するの?
- 営業秘密として保護されるための要件
- どんな行為が侵害となるの?
- 営業秘密について不正競争行為を行うとどうなるの?
- コラム:スタートアップ企業がもつ営業秘密の吸い上げ
- コラム:データの保護
- コラム:損害賠償の計算
第11章: デザインは法律上どう扱われるの? / 眞島宏明
- デザインと意匠
- 意匠法上の意匠(デザイン)とは?
- 意匠法上の意匠に該当しないものの例
- コラム:意匠(デザイン)の例
- コラム:意匠法の2020年改正
- コラム:意匠の視認性
第12章: デザインはどうやって意匠登録するの? / 眞島宏明
- 意匠登録に向けて
- 意匠登録出願
- 特許庁の審査
- 登録手続
- 特殊な意匠登録
- コラム:関連意匠について
第13章: よく似たデザインの創作はどこまで許されるの? / 眞島宏明
- デザインの保護範囲
- 物品のデザインの保護範囲
- 店舗の内装のデザインの保護範囲
- コラム:意匠の類似
第14章: ネーミングをパクられてしまったら?――不正競争防止法2条1項1〜2号 / 平澤卓人
- どうして出所の表示を保護するの?
- 混同させる行為の規制
- 表示を稀釈化する行為の規制
- 侵害とならない場合
- 侵害の効果
- コラム:不正競争となる「営業」はどこまで?
- コラム:有名キャラのコスチュームで走れるの?――『マリカー』事件
第15章: 自分のブランドを守るには?――商標法による商標登録制度 / 平澤卓人
- 登録商標制度はどうして必要なの?
- どのような商標であれば登録できるの?
- どうやって登録するの?
- 登録後どうやって商標を使用するの?
- 商標権はいつまで効力があるの?
- 他人の商標の使用をやめさせるには?
- 商標権侵害にならない場合
- コラム:新しい意匠
- コラム:歌手名やタイトルの商標登録ができない?――『LADY GAGA』『朝バナナダイエット』事件
第16章: 転職するときに気をつけることは?――競業避止義務と秘密保持契約 / 津幡笑
- 競業避止義務と秘密保持義務
- 退職後の競業避止義務
- 退職後の秘密保持義務
- 競業避止義務と秘密保持義務の関係
- コラム:労働者ではない物に対する競業避止義務・秘密保持義務
第17章: インターンシップ中にすごいものができました!――職務上創作された知的財産の帰属 / 津幡笑
- 職務上捜索された著作物は誰のもの?
- 職務発明とは
- コラム:大学教員の著作物は職務著作?――北見工業大学事件
- コラム:青色発光ダイオード(LED)事件
第18章: プログラマーに知財って関係ありますか?――ソフトウェアの法的保護 / 津幡笑+大石玄
- ソフトウェアの法的保護
- 特許権によるソフトウェアの保護
- コラム:AIが生成した成果
- コラム:著作権侵害を簡単にするソフトウェアを開発したら?――『ロクラク?』『Winny』事件
第19章: これって盗作じゃないの?――パクリ・オマージュ・パロディ / 大石玄+平澤卓人
- 二次創作と著作権
- 依拠していなければ侵害とはならない
- アイデアの模倣は許される
- 創作的表現まで似た場合
- 他人の創作的表現は全く使えないの?
- コラム:商標権とパロディ――『KUMA』『SHI-SA』『フランク三浦』事件
- コラム:著作権侵害と刑事罰――『ハイスコアガール』事件
第20章: 芸能人の名前を料理の名前に使ってもいいの?――パブリシティ権 / 佐藤豊
- パブリシティ権とは
- 裁判例の概要
- パブリシティ権の及ぶ範囲
- 誰がパブリシティ権を持つのか
- コラム:動物の名前のパブリシティ権――『ギャロップレーサー』『ダービースタリオン』事件
- コラム:パブリシティ権の法的な性質――『FEST VAINQUEUR』事件
第21章: おいしい作物の新品種ができたら?――種苗法 / 大石玄
- 農林水産分野における知的財産権
- 品種登録制度と育成者権
- 日本産農産物の保護
- コラム:種苗法をめぐる近年の動向
第22章: ご当地商品を売り出したいのだけど?――地域ブランド / 佐藤豊
- 地域ブランドとは
- 地域団体商標
- 地理的表示
- コラム:お酒と地理的表示